バックドロップクルディスタン  あらすじ・解説など



コンニチワ、ナンミンデス。

居場所を求めて日本にやってきたクルド難民、カザンキラン一家。強制送還の危機に直面し、家族はバラバラに引き裂かれる。ボクはその一部始終を撮影していた?。

 

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映画 『 バックドロップクルディスタン BACK DROP KURDISTAN 』 [2007年日本]

【2008年7月5日公開】[ 上映劇場 ](102分)ドキュメンタリー

監督:野本大

その殺意、絶対零度

黄色い恐怖に取り憑かれた男の運命を翻弄するデスゲーム
(あらすじ,解説)
’04年3月
映像専門学校に通っていた監督の野本は、ひょんなことからクルド人難民のカザンキラン一家と出会う。人間としての彼らに魅力を感じた野本は、卒業制作の主人公として彼らを撮ることを企画したが、企画会議であえなく落選。そんな折、カザンキラン一家の父・アーメット裁判に負け、強制送還の危険性が高まり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)に難民認定と第三国出国をアピールするデモをすることになったのだが・・・。
’04年7月
酷暑の中、東京・青山の国連大学で必死にアピールする家族たち。野本は彼らの側でその一部始終を撮影した。度重なるUNHCRとの摩擦を経て、「マンデート難民」の認定を勝ち取ったカザンキラン一家だったが、その4ヶ月後、衝撃的な事件が彼らを襲う・・・。
※マンデート難民:国の認定ではなくUNHCRが認定した難民
’05年10月
野本は専門学校を勢いあまって中退し、この映画の完成を目指していた。しかし、1年の月日がたっても、カザンキラン一家を撮影する中で生まれた疑問は何一つ解消されない。なぜ「あの事件」は起こったのか?彼らはなぜ日本に来なければならなかったのか?そして日本人のボクは「何者」として彼らと向き合わなければならないのか?疑問は渦巻き撮影は続行。野本は彼らの祖国トルコへ旅立った・・・。

クルド難民とは?・・・
クルド人は国家を持たない世界最大の少数民族で、その数は2000万人?3000万人と推定されている。クルド人が「クルディスタン」(クルドの土地、クルドの国の意)と呼ぶ地域はトルコ、シリア、イラン、イラクの国境をまたがって分断された。最大のクルド人人口を抱えるトルコでは、80年代以降、一時沈静していたクルディスタン独立運動が活性化したため、政府拷問、襲撃、暗殺等によりそれを弾圧し、多くのクルド人が犠牲になってきた。同時に国外へ脱出するクルド人も増加し、欧米諸国を中心に約90万人のクルド人が海外で暮らしている。日本でも90年代からクルド難民が入国し始め、現在で埼玉県を中心に約500人のクルド人が日本で暮らしている。しかし、クルド人の難民申請は日本国内では未だに1件も認められていない。

( チラシより )


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